Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

  “ナイショの幕間の密談にて”
 


 夏場の水不足が早々と懸念されていたのは、一体どこのお里の話やら。入ったのが遅かったその上、早く明けると言われていたはずの梅雨は、結構な降りようなまま、思いの外の長丁場、存外 居座って下さったその揚げ句。例年だと太平洋上を迷走する筈の“夏台風”を、真っ直ぐ列島へといざなう露払いまでやってのけて下さって。途轍もなく強い風と激しい雨は、家屋破損や負傷者という被害も多数出し、交通機関にも多大な影響を及ぼし、せっかくの連休をたいがいなものにしてくれたと、あちこちのニュースやワイドショーで口々に扱っている。

 “この辺へも来んのかねぇ。”

 壁一面ガラス張りというスタンドバーの窓辺にて、サングラス越しに見やった空は、むらなく淡灰色で塗り潰されていたし。街路樹も時折、その青葉を茂らせた梢を大きく揺らしてもいるが、まだまださほどの荒れようではなく。関東地方に来るのは明日の午後とかいう話だから、その時分にはさすがに威力も落ちてんじゃなかろうかと、少し離れたところに腰掛けてる女子高生らしいグループが声高にやりとりしている。試験休みに入った途端にこれだものと、遊ぶ予定を蹂躙されたことへの不満をさんざん並べていたが、途中から声のトーンが高くなり、言葉遣いが少々お上品な女言葉に塗り変わったのは多分、その辺りから男の眸を意識し始めたから。同じような年頃の、やはり予定が頓挫した連中なのか“何か面白いもんはないのかよ”という…暇なのが見え見えな態度で、4、5人ほどの私服の野郎たちが入って来たからで。

 “そうそう。男の夢を壊しちゃあいけない。”

 女の子は案外と、含羞みを忘れると男よりも粗雑で大雑把にもなれる。気合いが入ってない時は、夜食と寝酒(ナイトキャップ)を買いに…と、すっぴん・イモジャー・サンダルばきで、コンビニまで平気で出掛けるというから、下手すると今日びの病的な綺麗好き男より男前だってこと。もう何年前になることか、中坊時代から年上のカノ女がいたお陰で早々と知り尽くしてた身なだけに。ああいう作り物でも“女”の部分を慌てて取り繕うところなんざ、いっそ微笑ましいなと思えてしまう。………その年でそんな感慨抱くなんて、枯れてんでしょうか、お兄さん。
(苦笑)

 “余計なお世話だよ。”

 生まれついての女好き、でもでも今日はそんな感性にも蓋してる。よって、自分が背中を向けてる店の奥、同じカウンターのスツールにいた、なかなかの艶女が独りずつの3人ほど、お互いに牽制しながらも彼へとそれとなくの秋波を送ってたの。日頃なら やすやす気づいているものが、まるきりアンテナにも引っ掛からない辺り。その切り替えの徹底ぶりは、いっそ大したものであり。

 「…お。」

 そんな彼が身体ごと向けて注意を払っていた店の入り口、早くもかかっている冷房を逃がさぬよう開放されていなかった自動ドアが開くのももどかしく、店内をキョロキョロ見回す小さめの存在を先に見つける。大人同士の逢瀬ではあり得ない高さの目線を向けていたせいで、それと気づいたクチからは“変な人だな”と思われてもいたようだが、今日のデートのお相手がそんなまで小柄なんだから仕方がない。
「ヨウちゃん、こっち。」
 顔の間際に上げた手を、ちょいちょいと軽く煽って“こっち”と招けば、
「あ…。」
 こちらに気づいた坊やが、やや安堵の表情を浮かべたお顔を差し向けて来て。挨拶もかねての名前を呼ばわろうとしてだろう、そのお口がぱかりと大きめの丸く開いたのだが、

 「………。」

 不意に、男の表情が軽くながら引きつりかけた。自信家の彼にはあまりにそぐわしくはない態度だったので、相手へもその違和感は直(チョク)で伝わり、
「…どした? 阿含。」
「いやなに。」
 別の呼び方されるような気がしただなんて、口が裂けても言えませんがなと。思わずのこと、自分の胸へ手のひら押し当てて、ほおっと安堵していた彼だったりし。
(苦笑) …って、いくらその金髪の隙間からぴょこりとお耳が立ってても似合いそうな、愛らしい風貌の彼だとはいえ。こっちはあくまでも“く○ちゃん”じゃあない、妖一くんなんですからね。間違ったって“あ○ょん”とは呼びませんたら。
「阿含?」
「………何でもねえって。」
 別のお話からのネタはともかく。
(笑)

 「それよか、今日は何の悪巧みへのお誘いかな?」

 一応は“立ち飲みスタンドバー”形式のカフェではあるが、スツールも用意されてあり。結構大きくなったとはいえ、まだまだこちらの胸元に頭の天辺が届くかどうか。彼女にするならもちっと伸びてもらわんと、キスする時にいちいち屈まにゃならんななんてなチビちゃい彼へ、カウンターの天板の奥に収納されてあるのを引っ張り出してやり。そのついで、小さな片手を捧げ持っての、恭しくもエスコートして差し上げれば。
「…ん。」
 こんなことくらいで“子供扱いするな”なんて目くじら立てることこそ、子供である証拠と、そこは判っておいでの皇子様。むしろエレガントにも応じてあげての席につき、選ぶのに迷うこともなく、トッピングなしの冷たいカフェラッテをオーダーする。
“いやいや相変わらず…vv”
 これが女の子だったなら、親父が“あいつ”でも構うかと、なりふり構わずに誰も寄せさせぬよう徹底して囲い込み、無垢のままに育てての熟す寸前で“いただきます”をと構えるんだが。
“男の子だからと油断してたら、しょむない虫がついちまってよ。”
 それが本当に悔やまれると、内心で要らんことをば思っておれば、

 「…悪巧みってのは何だよ。」

 おおう、早々に睨まれてしまっておりますお兄様。今日はじっとりと蒸すせいだろう、Tシャツに膝丈の更紗のパンツという軽装の上へ、腰あたりへ缶バッヂを幾つか並べたのがアクセントの、大きめのオーバーシャツをカーディガン代わり…という、なかなか小じゃれたいで立ちの金髪坊やが、その言われようの不穏さへ早速にも むうっと頬を膨らませたが、
「だってさ。穏当なことへのおねだりだったら、ムサシか雲水に頼むくせに。」
 どうしても大人に助力を仰ぎたいという事態が起きたときは、案外と潔くも、自分のコネを利用する坊やであり。その依頼の内容によっての使い分けを分析すれば、自ずと判って来るのが、
「お前、学校行事へはムサシを頼るだろうが。そうでもないこと、単なる遠出で“独りで行くわけじゃないよ”ってお母さんを安心させたいような程度のときは、雲水か桜庭に声を掛けてて。」
 事務員みたいな小ざっぱりした制服のスタッフさんが運んで来たカップを、小さな白い手で受け取った坊やに、ちろりんと流し目をくれてやり、
「俺への声掛けは、決まって何かしら企んでる時ばっかじゃんよ。」
 すっぱりと言い放って差し上げれば、

  「そんだけ融通が利くって頼りにしてんじゃんか。」

 それこそ一縷の躊躇をも挟まぬ、至って潔い、嘘は言わないと言わんばかりなお答えではありましたが…否定はしませんでしたね、あなた今。
「…ふ〜ん。」
 まま、大人を嬉しがらせる言い訳まで出来るほど、そこまで出来過ぎてる子だったら、却って末恐ろしいかもなとの認識を自分へと重々言い聞かせていれば、
「それに、今回のは真っ当な頼みごとだしサ。」
 そうと言ってのちょいと俯き加減になったところなぞ、自信家な坊やにあっては、滅多に人へと見せないだろう、謙虚さあふれる態度であり。淡い前髪越しに伏し目がちになった目許が透かし見えるのが何とも愛らしく、こんな子供を前にして何をムキになってるよ大人げないとの苦笑をこちらへと誘う。例えこれもまた巧妙な演技であったとしても、この子がそこまでやるんなら相当なことだからと。ま・いっか、小手先で構われてやるかって気分になるから、

 “俺も相当甘い甘いvv”

 とんでもない事態に巻き込んでの、さんざん迷惑かけてのポイと、使い捨てるなんてなところまでの悪さはしない。そういう対象だという“お友達”カテゴリーに仕分けられてるのは間違いないのだしと、ちょいと及び腰な路線で自分を納得させ、
「で? 何だ? その頼みごとってのは。」
 訊くと、今度はためらうことなくお顔を上げて来て、
「俺に代わって“探偵”ってのを雇ってほしい。」
「はあ?」
 ちょっと待てよ、そんなんウェブでいくらでも請け負う輩が看板出してようが。そういう輩だったならこっちが子供でも関係ない。顔を合わせることもなく、交渉出来るようなシステムにもなっていようにと。そういうことのエキスパートさんへ、わざわざ言い立てかかったお兄さんへ、
「そういう奴だと当たり外れが大きいからな。」
 冷静かつ感慨深げにすっぱりと言い放つところが、さすがはエキスパート様。
「勿論、下調べしてふるいに掛けりゃあいいだけのことだが、今回はそんなしてる暇がない。」
 何かしらテストを兼ねての別件をやってみれとまずは指定し、こっちが望むようにこなせたら、そこで初めて信用してやっての本件を提示すればいいだけのことだと。そんなくらいの心得はさすがにお在りな小悪魔様だが、今回の彼にはそういう時間的余裕がないらしく、
「は〜ん、時間要素優先か。」
「そ。だから、それこそ表通りに大きい看板出してる、そうさな“興信所”くらいガッチガチに堅いところに依頼したいんだけど。」
 そうなると、まだ小学四年生という身の自分では、正式な依頼なんて出来はしないから、それで。
「それで俺に代理を務めろってか。」
「うん。」
 料金はいくらかかってもいいと、悪ふざけなしの真顔で言う坊やへ、こっちもああと短く応える。ウェブの上での株取引、デイトレードにての小遣い稼ぎの天才でもある彼は、銀行に言えば融資を依頼出来る元本になるほどの、十分な“資金”をきっちりとキープしており、そこいらの大人よりも堅実なところは堅実だから、こちらもそれへは大人扱いで応じてやって。

  「そんなして至急調べたいことって何なんだ?」

 言いたくなけりゃあ聞かないで話を進めるやりようもあるけれど。一応はと訊いてみると、
「とある人物の1週間。」
 存外、あっさりと口にした坊やは、だが、

  「あ、でも、そいつの素行を見守るんじゃなくて、
   そいつを監視してる奴がいないかを、監視してほしいんだな。」

 そんな妙ちくりんな言いようを付け足したもんだから、
「………はあ?」
 阿含の精悍なお顔が一気に間の抜けたそれへと弛緩する。
「むしろ、下手くそのあからさまでいいから、ずっと張り付いててほしいんだ。」
「ちょっと待て。」
 それってつまり、
「見守るって格好での間接的な虫よけ、ボディガードじゃねぇかよ。」
「さすが、飲み込みが早いな。」
 この…実は某流派本山の頂点に実力を置くという、しかも坊やが一番苦手な歯医者さんでもある、史上最強じゃんと誰もが思うほどもの恐持てのお兄様へ向けて、よく出来ましたと、にこりんと笑ってみせた妖一くんであり、
“そいつなんて言いようといい、いくらかかっても良いなんて大盤振る舞いっぷりといい。テストする間も惜しいと切羽詰まってるらしいこととい。”
 そこまでの条件が当てはまる対象と言ったら、

  「あの、都議の次男か?」
  「ぴんぽ〜ん♪」

 ご陽気に正解で〜すと宣
のたまう坊やへ、
「ちょっと待てや、あいつだったら、そんな危険に際しては、自分チで護衛くらい用立てられようがよ。」
 何せ都議の息子である。親は親、子は子かもしれないがそれでも、子を楯に取っての脅迫だの強要だのということを思いつく輩がいないとも限らない。何かしら狙われてるとか付け回されてるということが明らかに判っているのなら、そのっくらいの用意はあろうよと言い掛かったドレッドヘアのお兄さんへ、
「ルイは、俺へ手出しすんなって言うんだ。」
 両手で抱えていた蓋つきのカップをカウンターに戻すと、ふわふかな金髪頭をうつむけて。坊やはぽつりと呟いた。
「はあ?」
「だから。ルイのこと、大学の構内で嗅ぎ回ってた奴がいて。でも、そいつを捕まえようとか燻り出そうとか、俺なら やってのけかねないからって“関わるな”って先にクギ刺されてて。でも、」
 でもそれって、ヨーコちゃんが訊いて回ってたのもあったらしくて、ちょっと話がややこしいんだけどもさと。今の段階でもう既に、十分話がややこしい言いようをされて、
「ちょっと待て。」
 まあ落ち着けと急停止させ、
「ヨーコちゃんてのはあのヨーコちゃんなのか?」
「阿含の知り合いに何人“ヨーコ”がいんのかは知らねぇけど。」
 俺が言ってるのは川崎の、俺の叔母ちゃんのヨーコちゃんだと、言い直した妖一くん。さすがに、父上の友人である阿含なので彼女のこともよく知っており、
「こっちに出て来てたのか。」
「うん。○○短大に受かったんだって。」
 でも、母ちゃんにもそれとなく訊いてみたけど、ウチにも何にも連絡して来てなくってさと告げたそのついで。先日の奇妙な気配のお話を順を追って説明し、
「ヨーコちゃんが入り込めてたくらいに、賊大って案外と監視が甘いみたいで。」
 でも、ルイを監視してた奴ってのが別にもいると、坊やは睨んでもいるようで。
「カラーボールがぶち当たった奴、か?」
「うん。」
 そりゃあ俺はまだ子供だから、映画に出て来る凄腕の狙撃手並みになんてほど、人の気配とかに聡くもないしよ。それこそ半分くらいは山勘で引き金引いたようなもんだけど。
「でも、誰かの顔が…こっち見てた奴がいたのは確かで。」
 実弾じゃあなくても銃での射出の威力のほどは重々知っているからね。間違いのないような扱いをと、いつだってちゃんと心掛けている。何もないところへの無闇矢鱈な撃ち方のほうが、思わぬ誰かに当たって危険だから絶対にやっちゃいけないとか。そういった心得も身につけているその上、その的中率もかなりのものだってことは阿含の側でも重々承知。そんな坊やの放った一撃を喰らった誰か。

  「ふ〜ん。」

 阿含は…何とも言えない、微妙な相槌もどきの声を出し。それでも、
「ま、そんじゃ探偵のほうは任せときな。」
 依頼のほうは了解したとの返答を寄越す。大学構内での監視も出来るような若い駒のいる、監視が見え見えな、不器用なくらい堅実な興信所ってのがいいんだな? おう、監視がついてますっていうノボリ上げてるようなのが良い…なんてな言いたい放題をし始めたことで、坊やがようやっとリラックスし出したことを感じ取りつつ。だったらあの兄ちゃんにも気づかれんかねぇ。あ・そか、ルイからいちゃもんつけられっかもな。あんまり揉められても薮蛇で困るよな…なんて。困ると言う割には“きゃははvv”なんて蹴立てるような笑い方をしているのへ、口許を和ませての微笑ってやりつつも、

 “………成程ねぇ。”

 その内心では。何かしら思うところがあるらしい阿含さんである様子。さて…?




  〜Fine〜  07.7.14.〜7.15.


  *ある意味、to be continued.ものでもありますが。
   はてさて、薮をつついて何が出て来るのでしょうかしら。

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